人の子は安息日の主


 主イエスは、主イエスご自身が断言しておられるとおり、律法と預言者(預言書)を廃するために来られたのではなく、むしろそれを完成させるために来られた。従って主イエスは、律法と預言者に何らの変更も加えてはおらず、律法と預言者を新たに変更されたのでも廃されたのでもない。主イエスは、イスラエルの民が律法と預言者を正しく解釈できていなかったので、それを正しく解釈し、律法と預言者を完成されたのである。
 主イエスと12使徒および信徒らは、イスラエル(主の民)以外の何者でもなく、「キリスト教」という新宗教を新たに起こしたのでもなかった。主イエスと弟子および信徒らは、完成された正しい「律法と預言者」を実行する真の「義人」たちであった。
 ところが、生前のイエスと何らの結びつきもなく、また生前のイエスに何らの関心も持たなかったローマ市民パウロによって、律法と預言者を廃する試みがなされた。パウロは主イエスと12使徒および信徒らが集う集会に対して、自らの独自のイエス解釈を教え、信徒らを迷わせたので、12使徒たちは度々パウロの教えに対して警告を発した。最終的にパウロは長老たちと決別することを決め、ローマ宣教に旅立った。このパウロのローマ教会が、キリスト教会となったのである。ローマ教会は主イエスの12使徒とは何らのつながりもないため、ペテロを教会の起源であると称した。

 ローマ皇帝コンスタンティヌスは、ミトラ教の熱心な信徒であったが、ミトラ教の他宗教への寛容からパウロのローマ教会の信徒ともなり、そのことによってローマ帝国を治めることに成功した。しかしながら、それまで教会を迫害していた世の支配者ローマ帝国と、彼らが信仰するミトラ教との迎合は、教会内部の論争、紛争、対立を激しいものにした。そこでコンスタンティヌス帝に近い教会幹部らは、皇帝を動かし、皇帝はニカイア(現在のトルコのイズニック)で公会議を開催する命令を発し、全キリスト教会の司教たちに回状を送って招集した。
 ニカイア公会議で取り上げられた最重要の議題は、@父なる神と御子との明確な関係、A復活節の正しい日付および過越祭との関係と儀式の内容、であった。会議では、前者については、父なる神と御子とは同一本質であり、御父と御子は全く同じ神としての実体の2つの位格であると定められた。これを受けて、復活節と過越祭の暦(日付)と内容のつながりは、きっぱりと切り離した。さらにこれを受けて、ユダヤ教から完全に切り離され、区別され、キリスト教が確立された。コンスタンティヌス帝に近い教会幹部らの目的は、もとよりこのことにあったのである。彼らの目論見は成功した。この決定により、彼らにとって煙たい存在であった12使徒に連なる原始キリスト教の切り離しに成功したからである。この決定後、彼らに口出しできる教父たちは「異端」として抹殺されることになったのである。
 こうしてローマ帝国において合法的に、ユダヤ教とキリスト教はまったく別の異なる宗教とされた。それ以前には、ユダヤ教とキリスト教を区別するものは何もなく、それを区別する権威をもつ人間も誰もいなかった。主イエスも12使徒もユダヤ人であったし、それまでのすべての信徒はユダヤ教徒でありイエス信者であった。しかし、ニカイア公会議の決定後は、キリスト教徒はユダヤ教徒であることは許されなくなり、ユダヤ人である12使徒の直系のイエス信者らはキリスト教会から排除された。ユダヤ教のあらゆる慣習を守ることはもちろんのこと、復活祭を過越祭として守るというだけでも異端と宣告された。また、このニカイア公会議の決定により、これ以降、ユダヤ人がキリスト教徒になるという可能性も閉ざされた。イエス・キリストを信じながら安息日を守ることは許されなくなり、イエスは神と同じ実体であって神から生まれた神だと信じないならば異端とされた。

 この計画の主導者の一人が、ヒエロニムスであった。彼はローマ・カトリック教会によって4人の教会博士の1人に数えられ、彼が聖書をヘブライ語とギリシャ語からラテン語に翻訳したものがウルガタ(訳聖書)と呼ばれて、ローマ・カトリック教会公認のラテン語訳聖書となった。彼が友人アウグスティヌス(4人の教会博士の1人)に送った手紙が現在も残されているが、その1つにこう書かれている。

「現今、東方の全シナゴーグに広まっているユダヤ教のミネイと呼ばれる宗派、今なおパリサイ派が非難しているユダヤ人の宗派が存在する。この宗派に属する人たちは一般にナザレ人として知られている。彼らは乙女マリアから生まれた、神の子キリストを信じており、ポンティウス・ピラトゥス(ポンテオ・ピラト)のもとで受難し蘇ったお方は我々が信じているお方と同一人物である、と主張している。しかし彼らがユダヤ教徒(人)でもありながらキリスト教徒でもあろうとしている限り、彼らはユダヤ教徒でもキリスト教徒でもない。」


                         
「神の子」と「人の子」

 さて、では主イエスの12使徒およびその信徒らは、イエスのことを何者だとしていたか。彼らにとって主イエスは「神の子」であると同時に「人の子」であった。キリスト教会の教会教父らは、「神の子」とはイエスの神性を指し、「人の子」とは人間性を指す称号だと解釈していた(新しい英訳聖書では「人の子」を「人間」と訳している)。しかし、主イエスの12使徒およびその信徒らの解釈は、まったく異なっていた。
 マルコ福音書に明らかなとおり、「神の子」とは「油注がれたイスラエルの正統な王」すなわちダビデの王座に座る地上の正当な王メシアのことを指すのであり(メシアとは油注がれた人のことを言う)、「人の子」とは堕落した人間とは異なると神によって認められた天的な人物を指すのである。イスラエルの王は、諸国の王とは根本的に異なる。神から任命されてイスラエルの王となる者はイスラエルのメシアのみならず、天地創造の神が任命した全地の王メシアだからである。
 つまり、「人の子」という称号はイエスが神の一部(神の言葉)であることを示しており、「神の子」という称号はイエスが正当な王であるメシアとしての身分を示しているのである。詳しくはサムエル記の、預言者サムエルがダビデに油注ぐ記載を参照されたい。また、詩編にこう記されている。

「主はわたし(ダビデ)に告げられた。『お前はわたしの子、今日、わたしはお前を生んだ。求めよ。わたしは国々をお前の嗣業とし、地の果てまで、お前の領土とする。お前は鉄の杖で彼らを打ち、陶工が器を砕くように砕く。』 すべての王よ、今や目覚めよ。地を治める者よ、諭しを受けよ。畏れ敬って主に仕え、おののきつつ、喜び踊れ。子に口づけせよ、主の憤りを招き、道を失うことがないように。主の怒りはまたたく間に燃え上がる。」(詩編2・7〜12)

 ダビデは主なる神によって「神の子」と認定され、諸国の王の王=地の王として認定されている。もしダビデが人妻バテシバと姦淫の罪を犯さなかったら、この言葉どおりになっていたであろう。
 旧約聖書のどこにも、「神の子」が、神が受肉して王となることを示す暗示はない。律法と預言者において「神の子」とは、ダビデの血筋を引く正当な王メシアを指す称号なのである。ただし、ダビデが人妻バテシバと姦淫して生まれた子ソロモン以降、油注がれる王はいても主なる神によって「神の子」と認定される王は永く現れなかった。それどころか、ソロモンの死後に王国は分裂し、どちらも堕落を極めてアッシリアやバビロニアに滅ぼされてしまう。国が滅んで捕囚民となったイスラエルの民に、それでも主なる神は預言者を遣わし、国の再建とメシアを遣わすことを約束された。その時期についても預言者によって預言されていた。そのメシアが、「神の子」ダビデを受け継ぐ「ダビデの若枝」たる「神の子」メシアなのである。その約束のときに、約束の「神の子」メシア到来を待ち望んでいた人たちのもとへ、ダビデの若枝イエスが到来したのである。
 
  一方、「人の子」とは、バビロニアに捕囚されていた預言者エゼキエル(祭司ブジの子)に対して、神が呼び掛けている称号であり、また同時期のダニエルが幻の中で2人の神のうちの1人として見たのも「人の子のようなもの」であった。ダニエルが見た1人は「日々の老いたる者」で、裁き主であり、車輪がある王座に坐している、父なる神である。車輪がある王座は預言者エゼキエルも幻の中で見ている。
 もう1人は、天の雲に乗り「日々の老いたる者」の前で権威・威光・王権を受けて、諸国・諸族・諸言語の民を統治する「人のこのような者」である。
 ダニエルが幻の中で見たのは「人の子のような者」で、ダニエルはそれを「人の子」とは断定していない。ダニエルが「「人の子のような者」とした「人の子」とは、神がエゼキエルに対して用いたものの他には「エノク書」に登場する。「エノク書」では「日々の老いたる者」は「多くの日の頭(かしら」として登場する。そして「人の子」は、義をもつものであり、彼と共に義は住み、彼は隠された宝をすべて啓示する者であり、諸霊の主の御前で栄え、永遠に立つ。その「人の子」は、王や権力者をその座から引き降ろし、罪人らの歯を折る。 「人の子」は、天が創られるよりも前に創造され、その名が命名された。この「人の子」は神によって隠されるが、やがて来たるべき日に王座に座して諸国の民を統治するという幻を、エノクは見たのである。そしてエノクは、世の初めから地上に何が起こるかのことごとくを幻に見る。その幻は、捕囚された民がペルシャのキュロス王によって帰還を許され、ギリシャのアレクサンダー王の後にエルサレムが再び汚され、マカベアが奪還し、その後に「人の子」が到来する場面で終わっている。
 つまり、「人の子」とは神の一部(神がすべてのものの最初に創造した光=命=神の言葉)であることを示しており、堕落した人間とは異なると神によって認められた天的な人物を指すのである。ダニエルは、幻の中でエノクが言った「人の子」のような者を見たのである。そして、到来を待ちわびる人々にとって「神の子」と「人の子」は同一人物であり、ダビデの若枝でありながらもダビデ以上の者、神の一部である者であった。
 
ヒエロニムスとキリスト教会にとってイエスは「神の子」である神であり、イエスが「人の子」と自分を呼んだのは謙遜からくるものであったが、それはあまりにも異邦人の人間的な解釈に過ぎず、実際にはまったくそうではなかったのである。
 当時の多くのユダヤ人たちは、来るべきメシアは人間であると同時に神の一部でもあると期待していた。つまり、イエスをモーセに現れた「YHWH(わたしはあるの略)」としても信じることは、何ら新しい宗教がユダヤ教と区別して生まれるものではなく、むしろユダヤ教の正統中の正統ということになる。そこにキリスト教が存在する余地はないことになる。
 そして、新約聖書に記されているとおり、大勢のユダヤ人たちがイエスが「メシア」であり「神の子」であり「人の子」であることを信じた。そして、だからこそ、王や権力者をその座から引き降ろし、罪人らの歯を折る「人の子」の到来は、ヘロデ王や、権力を掌握していた者たちにとっては、重大問題だったのである。
 イエスが中風患者の罪を許して彼の病を癒したとき、「人の子が地上でもろもろの罪を赦す権威を持っていることをあなた方が分かるように」と言った。そこにいた律法学者たちは、神を冒涜していると言ってイエスを非難した。しかし人々はみな驚き、神を賛美した(マルコ福音書2・5〜12)。
 イエスは自らが「人の子」である証拠として、自分がダニエルやエノクが幻の中で見た「人の子」であり、その権威・威光・王権によって罪を赦す者であることを、彼らが理解するために、彼らの前で証明して見せたのである。それを神に対する「冒涜」と呼んだ律法学者たちは、もしそれが神に対する冒涜なら、イエスが罪を赦す力を有していることを逆に認めてしまっていることになる。「人の子」でなければ、そのようなことはできないからだ。律法学者以外の人々が神を賛美したのも当然であった。
 また、「日々の老いたる者」である父なる神と、「人の子」である神の一部のイエスという神格の2位性は、ユダヤ教にもともとあったものであり、「知恵の書」にあるように聖霊の神格性も、もともとユダヤ教にあったものである。キリスト教神学の特徴とされる三位一体は、何らユダヤ教と変わるものではない。真の問題は、イエスを唯一神と同一視し、唯一神を唯一たらしめないキリスト教の誤謬にあるのである。
 

              人の子は安息日の主でもある

 主イエスは、中風の人の罪を赦して病を癒した後、安息日に弟子たちが麦の穂を摘んだことをファリサイ派の人々に非難される。

「ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは歩きながら麦の穂を摘み始めた。ファリサイ派の人々がイエスに、『御覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか』と言った。イエスは言われた。『ダビデが、自分も供(とも)の者たちも、食べ物がなくて空腹だったときに何をしたか、一度も読んだことがないのか。アビアタルが大祭司であったとき、ダビデは神の家に入り、祭司のほかはだれも食べてはならない供えのパンを食べ、一緒にいた者たちにも与えたではないか。』 そして更に言われた。『安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主でもある。」(マルコ福音書2・23〜28)

 この場面を、キリスト教会の神学者たちは、従来のユダヤ教徒とは異なる新しい教えを主イエスの教えの中に探そうと務め、「安息日は人間のために作られたもので、人間が安息日のために作られたのではない」という主イエスの言葉を、安息日を守る必要はなく(安息日を排して)、博愛の宗教(キリスト教)を新たに開始する意味だと説明してきた。
 しかし、「神の子」と「人の子」の意味を正しく知ると、主イエスが言われた「人の子は安息日の主でもある」の真の意味が理解できる。マタイ福音書で主イエスは、こう言っている。

「安息日に神殿にいる祭司は、安息日の掟を破っても罪にならない、と律法にあるのを読んだことがないのか。言っておくが、神殿よりも偉大なものがここにある。もし、わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない″という言葉の意味を知っていれば、あなたたちは罪もない人たちをとがめなかったであろう。人の子は安息日の主なのである。」
(マルコ福音書12・5〜8)

 主イエスが単に、人の命の救済のためには安息日を破ってもよい、だから安息日は破ってもよい、と、安息日の順守と人の命とのどちらを優先すべきかということを論じているという見解では、イエスがどうして、それを正当化するためにダビデを引き合いに出したのかを説明できないし、何のために「人の子は安息日の主なのである」と言われたかも、説明もできない。
 真の意味は、ダビデが「神の子」であり、主イエスが自分がダビデと同等以上の「人の子」であると宣言されている観点から、はじめて理解することができる。つまり主イエスは、律法は安息日に瀕死の病人や「神の子」に従事する者たちの空腹を満たすことを容認しているだけでなく、「人の子」である自分は安息日に関する正しい解釈について神から権限を与えられている、と言っているのである。
 「神の子」ダビデは、ダビデへの嫉妬に狂ったサウル王から不当に命を狙われて追われていた際に、祭司にパンを求めた。祭司は、ダビデと供の者たちが身を清めていることを条件に、主の御前から取り下げた供えのパンを与えた。「神の子」ダビデの若枝であり、さらに神の一部である「人の子」である自分(「イエス)は、自分の弟子たちに同じことをしても良いのだ、と主イエスは言っているのである。それは誰でも律法を破ってもよい、ということでは明らかに、ない。そうではなく、律法の唯一の正しい解釈者としての権能を神から与えられている主イエスが、安息日と律法の正しい守り方を彼らに教えたのである。しかも、安息日はそもそも神の創造の御業における7日目の安息に基づいているもので、神の領域に属するものであって地上の権限を任されている「人の子」の領域にあるものではない、という見解の余地に対しても主イエスは、「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主でもある。」と言って、安息日は人のために定められたのだから「人の子」の権能に属するのであると払拭したのである。これは「人の子は安息日の主でもある」ことと強く結びついている。なぜなら、創世記1章にあるように安息日が天に属するものであるならば、地上における権限を神から委任されている「人の子」が安息日の規定に触れることはできないからである。しかし律法の十戒に規定されているように、安息日は人のために定められたものである。それゆえ、安息日の正しい解釈は「人の子」であるイエスの権限に委ねられているのである。キリスト教会が言うような、「安息日は人のために作られたものなのだから、何でも好きなことをしていいのです。」というような、安っぽい人道主義的な主張を主イエスがしているのでは決してないことが、理解される。
 安息日をイエスと同じように理解していたユダヤ人たちは少なくなかった。安息日に自分の子が死の淵に立たされていたら、それを助けるよりも、見捨てることの方が律法にかなっている、などというユダヤ教のラビがいたら、ユダヤ人たちは彼らを受け入れることはできなかったであろう。また、ファリサイ派も「人の子」が来ることは知っていたし、「人の子」がどういう存在かも知っていた。彼らが主イエスに難癖をつけたのは、彼らが「人の子は安息日の主である」と考えていなかったからではなく、彼らが主イエスを「人の子」であると信じていなかったからなのである。


                      主の民の安息日の祈り

 私たちの父なる神、主よ、あなたは偉大な聖なる第7日目の安息日の戒めによって、私たちを恵み、強め給いました。

 この偉大な聖なるあなたの安息日に、休息と満足があなたの愛のご意思によって、もたらされました。

 私たちの父なる神、主よ、あなたのご意思にかなうように私たちに安息をお与え願います。

 私たちの安息の日に、悩み、悲しみ、嘆息がないように。

 私たちの父なる神、主よ、私たちはあなたの聖所を仰ぎ見ます。