真の「水の洗礼」と「霊の洗礼」


 マルコ福音書16章16節によれば、復活した主イエスはこう言われたという。
「信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。」

 これを受けてキリスト教会では、キリスト者になるには水の洗礼が必要だとされている。キリスト教の洗礼は、教派によって形式は違うが、共通するのは必ず神父や牧師が洗礼を授けることによって成立することになっている。
 しかしながら、「洗礼」はそもそもキリスト教独自の儀礼ではなく、イスラエル・ユダヤで行われていた清めの儀礼であった。イスラエル・ユダヤでは律法が定める「汚れ」が生じた際に、自分で汚れを清めるために自ら「浸水」をした。たとえば、女性が出産した際もそうであった。主イエスの母マリアが「清めの期間が過ぎたとき、エルサレムに上った」(ルカ2・22)という「清め」も、このことをさす。清めは川でも行われたが、清めのために水に浸る「ミクヴェ」という施設もあった。男も、精で汚れた場合は自分で水で清めなければならなかった。
 洗礼者ヨハネや主イエスの時代においても同様で、洗礼は誰かが誰かに授けるようなものではなく、自分自身で水に入って汚れを清める儀礼であった。それはヨハネも同じであった。ところが、なぜか福音書では主イエスはヨハネから洗礼を受けたと記載されている。このような誰かが誰かに洗礼を授けるという儀礼は、イスラエル・ユダヤにはなかったし、そのような慣習は一切文献にない。では、そのような洗礼はヨハネが独自に行ったものだったのか。

 現在では、これは誤解(誤訳)によるものであることが明らかになっている。「洗礼を受ける」と訳されたギリシャ語の元になったヘブライ語の動詞を、訳し間違ったのである。
 ローマのカタコンベ(ローマに迫害されたクリスチャンが隠れて集会していた地下墓地)に描かれたフレスコ画でも、ヨハネはヨルダン川の岸に立っていて、主イエスを待ち、岸に上がる主イエスに手を差し伸べている。つまり、ヨハネは水の中には入っておらず、主イエスに洗礼を与えてはいない。ヨハネは人々に悔い改めを呼びかけ、その呼びかけに応じた人たちは自分でヨルダン川に入って自分で洗礼し、ヨハネは当時の慣習にならって岸の上で証人として立ち会ったのである。
 ヨハネ独自の洗礼といえるのは、むしろそれを「悔い改め」と結び付けたことにあった。当時、エッセネ派は「浸水の儀式の水は人の外側は清めても、内側の人を清めるのは神の働きによる」と信じていた。死海の周辺で発見されたクムラン宗団=エッセネ派の死海文書にある宗規要覧に「人は聖なる霊によってすべての罪から清められるであろう」と書かれている。エッセネ派は、浸水の儀礼において聖霊による清めの働きを期待していたのである。このことは福音書の記載と一致している。「聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降ってきた。すると、『あなたはわたしの愛する子、わが心にかなう者』という声が、天から聞こえた。」(ルカ3・22)
 主イエスのこの出来事は、聖霊が来たのは主イエスがメシヤであることの宣告(もしくは証明)であって、清めのためではなかったことを示している。つまり、水の洗礼によって「内の人」が清められることは無く、人が生まれ変わることもない。水の洗礼は、聖霊によって内の人が清められ生まれ変わるための、準備にすぎないのである。

 洗礼者ヨハネがヨルダン川で立ち会ったバプテスマは、彼の呼びかけに応じた人々が、聖霊によって内なる人が清められるための準備のために自ら水に身を沈めて、自らを低くするために行われた行為であった。そして洗礼者ヨハネは言った。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちにバプテスマを授けたが、その方は聖霊でバプテスマをお授けになる。」(マルコ1・7〜8)

 では、「その方」である主イエスの「聖霊によるバプテスマ」とは、どのようなものか。
 聖霊は、聖書の中で「鳩のように下る霊」「炎のような舌」「火」「神の知恵」などにたとえたとえられている。そして、その霊は「神の言葉」と共にあるものとされる。主イエスの言葉は、自身から発せられるものではなく、父なる神から発せられている言葉であり、それは火のように人間の内なる悪を焼く。つまり、主イエスの言葉を信じて受け入れ、聖霊によって内なる自分の悪(および旧い自分)を焼き尽くし、新たな本来の自分(神が創造された自分)に生まれ変わること、それが「聖霊によるバプテスマ」なのである。
 だとすれば、人は主イエスの言葉を信じて受け入れなければ、旧い内なる自分の悪を清めることはできず、生まれ変わることもできないのである。

  「水のバプテスマ」と「聖霊(火)のバプテスマ」については旧約聖書の出エジプト記にその予型が示されている。出エジプトの際、主なる神は民を、昼は「雲(水)の柱」、夜は「火の柱」をもって導いた(出エジプト記13章)。雲は天から水をもたらすもので、雲の柱とは水蒸気の柱=「水の柱」である。この2つは、約束の地に向かう荒野の旅路の途中に、主の幕屋(主の聖所)を建設してからは幕屋にとどまった。そして、この2つの役割をモーセと大祭司アロンとが担うようになった。そして、この2つは後に、水で洗礼したヨハネと、火(聖霊、言葉)で洗礼した主イエスの予型にほかならない。
 主イエスが神の右座にある現代においても、人は、主イエスの言葉を行うことなくしては、内なる旧い自分の悪を清められることなく、生まれ変わることもない。冒頭のマルコ16・16で復活の主イエスが語られた「洗礼」とは、ヨハネの洗礼のことではなく主イエスの洗礼であることは明白だからである。

 そもそも主イエスが言われた「信じて洗礼を受ける者は救われる」とは、何を「信じて」なのか。もちろん主イエスの言葉を信じて、である。そして、この言葉の前に主イエスは「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」(マルコ16.15)と言われている。
 「福音」(ギリシャ語のエヴァンゲリオン)とは、旧約聖書で預言者イザヤが預言した「良い知らせ」のことで、それを日本語訳した際に「福音」としたのである。そのため旧約聖書や預言者とのつながりが分かりにくい。主イエスの言葉も、旧約聖書や預言書とのつながりで理解し得るものだが、訳者が旧約聖書や預言書への理解がないため、真の理解ができにくいのである。
 預言者イザヤはこう預言した。

 「いかに美しいことか、山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え、救いを告げ、あなたの神は王となられた、と、シオンに向かって呼ばわる。」(イザヤ52・7)

「主はわたしに油を注ぎ、主なる神の霊がわたしをとらえた。わたしを遣わして、貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み、捕らわれた人には自由を、つながれている人には解放を告知させるために。」(イザヤ61・1)

 では主イエスが伝えられた「よい知らせ」とは何か。主イエスは「律法と預言者(預言書)」を完成されるために来られたのであり、「律法と預言者(預言書)」の真相と奥義を伝えられたのである。そのことこそが「よい知らせ」なのである。そして、マルコ16・15〜16で主イエスが語られた「よい知らせ」も、このことなのである。
 主イエスが完成された「律法と預言者(預言書)」の真相と奥義を信じて、その洗礼を受ける者は救われると言われたのであり、それを全世界に宣べ伝えよと言われたのである。
 聖書は、「律法と預言書」によらなければ真に理解することはできない。そして「律法と預言者」の正しい理解を地にもたらした完成者が、主イエスであった。すべての人は、主イエスが完成された「律法と預言書」により、聖霊(火)の洗礼を受けなければ、救われることはない。主イエスの言葉は、すなわち完成された「律法と預言書」であり、それは火であり、人の内なる悪を焼く。
 

 ヨハネの洗礼について、そもそも4つの福音書とも、その記している内容が異なっている。4福音書ともヨルダン川でヨハネが群衆に洗礼を授けていること(辞意際には洗礼に証人として立ち会っていること)と、イエスも群衆に交じって洗礼にやって来たことは記しているものの、ルカもマルコもヨハネも、ヨルダン川で主イエスとヨハネが会話を交わしたとはしておらず、2人はそこで直接会ってもいない。マタイだけが、ヨハネとイエスがそこで会って会話したと記している。

 「そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。『わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。』しかし、イエスはお答えになった。『今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。』そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。」(マタイ3・13〜15)

 マタイが記しているこの場面には、奇妙な点が2つある。
 1つは、ヨハネの母エリサベツと主イエスの母マリアは従姉妹なので、イエスとヨハネは親戚なのに、マタイの記載はまるで他人同士の出会いと会話になっている。
 もう1つは、もし会話とその内容が事実であるとすれば、ヨハネはどうして主イエスに同行しなかったのか、ということである。ヨハネはこの洗礼の後にイエスに同行するどころか、その逆であった。ヨハネの弟子たちの一部はイエスに同行したにもかかわらず、ヨハネは自分の弟子たちを率いてイエスとは別行動をとった。ヨハネの弟子たちが、主イエスが病人を癒したり、やもめの息子を死から生き返らせたりしていることをヨハネに報告すると、ヨハネは弟子をイエスのもとに送って「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方をまたなければなりませんか。」と言わせている。ヨハネはイエスがメシアなのか疑っているのである。つまり、ヨハネの洗礼のときの言葉と、その後の行動とが不一致なのである。そしてヨハネはヘロデに逮捕されて牢に入れられ、首を切られて殺された。マタイが記しているヨルダン川での2人の会話は極めて不自然である。
 もしマタイの記述を信じるならば、キリスト教会が行っている水の洗礼は、一度は主イエスを信じながらも後に不信してヘロデに断首されたヨハネの水の洗礼を儀式にしていることになる。

 この頁の冒頭に引用したマルコ福音書16章16節で、復活した主イエスが語られた「洗礼」が、ヨハネによる水の洗礼のことなのか、主イエスによる火(聖霊)の洗礼のことなのか、明白である。人は、ヨハネがした水の洗礼によって生まれ変わるのではない。水の洗礼は、悔い改めて準備を整えるためであり、主イエスによる火の洗礼によらなければ、救われることはない。主イエスが完成された「律法と預言者(預言書)」によって生まれ変わり、それを生きて、はじめて目が開き、真に生きる者となるのである。
 キリスト教会は、水の洗礼を授けた人に生まれ変わりを告げる。律法は「旧い契約」として破棄されたとし、クリスチャンを「新しい約束の民」だと教える。その根拠として、教会は預言者エレミヤの書の1節をあげている。

「見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。この契約は、かつてわたしが彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出したときに結んだものではない。わたしが彼らの主人であったにもかかわらず、彼らはこの契約を破った、と主は言われる。 しかし、来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。 そのとき、人々は隣人どうし、兄弟どうし、『主を知れ』と言って教えることはない。彼らはすべて、小さい者も大きい者もわたしを知るからである、と主は言われる。 わたしは彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない。」(エレミヤ31章)

 これをよく読むと、新しい契約とは「来るべき日に、わたし(主)がイスラエルの家とユダの家と結ぶ契約」であり、それは「わたし(主)の律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。」のである。かつて律法はモーセの時代に石版に記されたが、来る日にはそれを人の心に記す、と主は言われているのである。ちなみに主は、出エジプトの際に律法を刻んだモーセの石版を、イスラエルの民の頑なさにたとえているのである。イスラエルが、その頑なさによって律法の契約を破ったからである。
 つまり、ここで主が語られていることは、モーセの石板に刻んだ律法をイスラエルがその頑なさによって破ったので、来る日には律法を石版ではなく彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す、と言っておられるのである。律法の内容が旧いものから新しいものに変わるのではなく、律法をどこに記すのか(石板にたとえられる頑なな頭なのか、それとも胸の中=心なのか)の違いなのである。実に、これを実行されたのが、主イエスであった。主イエスは律法をイスラエルの胸の中に授け、心にそれを記されたのである。
 だからこそ、主イエスはこう言われた。「わたしが来たのは律法や預言者(預言書)を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。だから、これらの最も小さな掟を1つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。言っておくが、あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない。」(マタイ5・17〜20)

 エレミヤ書の引用は、新約聖書の「ヘブライ人への手紙」に、ほぼそのまま記載されていて、その末尾に「新しい契約」という言葉が加筆された。 「ヘブライ人への手紙」の著者は、エレミヤ書の預言はキリスト教徒への新しい契約だと解釈したのである。しかし、よく読むと「エレミヤ書」の記述と「ヘブライ人への手紙」の記述は完全に同じではない。間違った理由の1つは、その引用がヘブライ語の聖書からではなく、ギリシャ語70人訳からの引用であったことにある。エレミヤの預言は、新しい契約の対象は「イエスラエルの家、ユダの家」だと述べている。パウロはそうではない。パウロが新しい契約の対象としているのは異邦人・異教徒である。
 かつてのイスラエルは、ダビデにより建国の基盤が作られたが、ダビデが異邦人の人妻バテシバとの姦淫によって生ませたソロモン王が後継者になると、ソロモンはティルスのフラムを招いて切り石と偶像に満ちた神殿を造営した。切り石を用いることは禁じられていたし、偶像は問題外である。しかもティルスのことは、預言者エゼキエルがサタンと同一の者だと預言している。
 ソロモンは歳入として666キカルの金を集め、メギド(ハルマゲドン)に要塞を築き、ガリラヤ地方の20の町をティルスに贈った。しかしティルスはそれを拒んだので、ガリラヤ地方は「カブルの地(値打ちのない地)」と呼ばれるようになった。主イエスの時代に、ガリラヤおよびナザレから良きものが出ようかと言われていた本当の理由は、ここにある。ソロモンは初期こそ知恵の王として尊敬されたが、後半生にはティルスと組んで、神殿をはじめとしてイスラエル中に偶像崇拝や不法をはびこらせ、異教の女と偶像崇拝に溺れ、民を重税で苦しめた。そしてソロモンが死ぬと、国は南北に分裂した。分裂した両国には、神に逆らう王が続き、やがて北イスラエル国はアッシリアに滅ぼされ、アッシリアを征服したバビロニアによって南ユダ国も滅ぼされた。
 後にペルシャがバビロニアを征服し、エステルとモルデカイの活躍により捕囚民はペルシャのキュロス王によって解放され、国の再建を許可されて帰還する。これら一連の出来事は予め預言者イザヤによって預言されていた。また、預言者ゼカリアの預言により、総督ゼルバベルと祭司ヨシュアは神殿の基を再建し始めるが、そのさなかに対立グループがそれを邪魔し、主導権争いを繰り返しているうちに、ペルシャはギリシャ(マケドニア)に征服される。ギリシャのアレクサンダー王はイスラエルとエルサレムに好意的であったが、遠征中に病に倒れ、王国を腹心の部下たちに分与した。ダニエルが預言したとおり4つに分かれた国の1つ、シリアを支配したアンティオコス・エピファネスは、やがてイスラエルに侵攻し、エルサレムの神殿に「荒らす憎むべき者」の像を据えた(主イエスが預言された終わりの日に来る「荒らす憎むべき者」はその再現となる)。
 その後、マカバイらがエルサレムを奪還して国の再興を計るが、それも束の間、ローマ傀儡政権のヘロデ一族によって支配される。ヘロデは神殿を再建したが、この第2神殿もソロモン神殿に倣ったものであった。ダニエルが預言した第4の獣ローマの支配は、イスラエルの民にとって苦難であったが、同時にそれはメシヤ到来が近いことも意味していた。そこに主イエスが来られたのである。
 ゼカリヤをはじめとする預言者たちが預言したとおり、また出エジプト以来の過越祭の儀礼に暗示されていたとおり、祭司ヨハネと主イエスは来られた。しかし、ヨハネはイエスを不信して歩みを共にせず、ヘロデに殺害されてしまい、主イエスは新約聖書に「サンヘドリン(最高法院)」と記されている者たちによって十字架につけられた。その後、イスラエルは西暦70年頃にローマによって壊滅させられ、生き残った者たちは各地に離散してディアスポラとなった。ちなみに、「サンヘドリン」とは、単にイスラエルの最高法院のことを意味するのではない。サンヘドリンは、ヘロデが建設した神殿の「切石の部屋」において召集された。「切り石の部屋」のルーツは、ティルスのフラムの石工たちであった。フラムの石工たちは「フラムの子ら」と呼ばれていた。別称を「フリーメーソン」という。

 キリスト教会の歩みは、ソロモン以降のイスラエルとよく似ている。キリスト教会はローマと一体化して富を築き、ヨーロッパ全土にその枝を伸ばしたが、偶像崇拝や不正、姦淫が盛んになり、やがて王国は分裂し、教会も東西に分裂した。ローマ教皇は南フランスのアビニョンに捕囚され(「教皇のバビロン捕囚」と呼ばれている)、教会を支配しているのはフラムの子ら(フリーメーソン)である。
 カトリックから分離したプロテスタントは、プロテスタントの新国としてアメリカを建国したとされるが、実際にはアメリカ建国はフリーメーソンであるジョージ・ワシントンとその仲間たちの手によって成された。 現在は分裂したキリスト教の統合運動が推進されているが、その統合はキリスト教会だけでなく偶像崇拝を含むあらゆる宗教の統合運動として進められている。バベルの塔のある町の再建である。その姿は、キリストの花嫁ではなく、「バビロンの大淫婦」にほかならない。